【風景写真を考える vol.6】 どこか遠くでなく、内なる風景を(3/3)

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見逃せない写真展

絶景とは未知なることを含み、情報化に伴う感動の変化・撮影者と作品に納得できる関係性を考えましたが、これからに風景写真を在題とした見逃せない写真展が開催されます。

 

池上 諭 写真展「目の前の山」

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(画像引用:新宿ニコンサロン

地図を広げてそれぞれの山を望み、思いを馳せらせたりもするが、ファインダーのなかでは、奥に見えるのが名高い山で、手前に見えるのが名も無い低山であるなどという境は消え去り、遠くからは決して見ることの出来ない目の前の山の様相に思わずシャッターを切る。それは登攀中も下山中も登頂した瞬間でさえも変わらない。どんな山へ入ろうとも麓に下りるまで、ひとつの山色としてただ感じるだけである。

 
池上 諭氏は 【写真展を見る】いい写真展 8つ要素(2/2) 7.いい写真展は「文学的である」 で紹介しました。光景とそれを見る者の間にあるパーソナルな関係性がパーソナルに終わらず、見るものにとってひとつの問いかけになっていくあたりがスマートです。

今回の写真展「目の前の山」は三木淳賞奨励賞受賞作品展として、4月に新宿ニコンサロン・6月に大阪ニコンサロンで展示されたアンコール展示です。

 

GOTO AKI 写真展「elements 時を観る 光の旅」

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(画像引用:キヤノンギャラリー

「風景写真」というと人と切り離されて語られることがありますが、僕にとっては風景も人も一緒です。人の表情にその人たちの過ごしてきた時間が刻まれるように、風景の中にも地球の時間が刻まれています。

撮影場所がどこであれ、その光景を構成している〈雲 雪 霧 氷 雨 湧水 滝 海 光 大地 地層〉といったエレメント(地球環境、自然環境の構成要素)は、俯瞰すると、まさに地球の表情の一部であり、そこに根源的な美を感じるのです。

 
写っているものは風景の一部ですが、その存在がGOTO AKI氏の哲学感そのもので、展示会場では美しい自然風景でなくマテリアルとしての美しさに見えてくるのだろうなと想像しています。

また自然風景に特化して撮影している人は、GOTO AKI氏の写真集LAND ESCAPESも見るべきです。風景写真業界には独特の作法のようなものを重んじる(信じる?)人が多いように感じます。写真集も風景写真と同じようにこうあるべきといった固まった通念を感じますが、作品・構成とともにLAND ESCAPESは風景写真への提言でもあると感じました。

 

どこか遠くでなく、内なる風景を

情勢の変化とともに求められるものが変わってきました。テクニックで撮ったものはいずれ誰でも模倣できます。それらの写真はインパクトがありますがその分、飽きるのも早いです。古くならないオリジナリティーとはテクニックや絵柄のインパクトよりも編集力であって、その中のひとつにストーリーの構築、つまり文学性があると思います。

そして、風景写真や旅写真などに求められるのは新しいシーンや驚くべき瞬間である必要はなく、新しい視点です。紹介した写真展や写真界の芥川賞と称される木村伊兵衛写真賞は何を評価されたのか、考えたり調べたりすると、それら視点が見えてくると思います。

誰でも撮れるようになって簡単になったのではなく、これからもっと深くなっていく。そんな予感がします。

 

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