写真と作品の間にあるもの

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この写真は昨日、桧原湖で夕景撮影をしていた時のものです。
夕景を撮るなら赤く染まった空になったらいいなと思いますが、昼と夜へひとつの終わりとはじまりを感じるこの時間帯が、私は天候に関わらず好きです。
この日は雲が太陽を隠し静かに夜へと向かって行きました。
風がなく色も時間も静かなグラデーションがありました。

静かな湖面にぽつんと岩がひとつ。
盛大な夕焼けであれば気付かなかったかもしれません。

この岩がいつからここにあったのか知りません。
近くにボート乗り場があるのでひとが運んだのかも知れないし、土砂と一緒に流れてきたのかも知れません。

そしてこの岩はきっと無欲で遠くに行きたいとかか、人間みたいに不平を言ったりしないだろう。
そんな空想をして、この岩こそ自由なんだろうと考えはじめて、この岩ばかり撮っていました。

For example, the stone does not complain want to go far???
In other words, unselfish might be free???
Unselfish are free??
Unselfish???
Freedom???
That there is no greed is free???
If you want to be free if it is not coveted???
Hope???
Covet???
It is the unselfish might be free???

それらのことをFacebookに英語で3~5行くらいの文章で投稿ししようとしばらく考えていたのですが、結局この写真に添える英語は一言になりました。

写真作品であるならば、1枚にある程度強さは必要かもしれませんがズバ抜ける必要もなく、求められるのは編集だと言われるようになりました。
その編集は並べ方であったり、1枚の意味の持たせ方であったり形態に応じて様々です。

編集の多くは撮った後に行います。
セレクトこそセンスが出ます。

写真はその人が映ると言われていますが、それは言い過ぎかなと。
1枚の写真から作品に変わるときに、その人が映り込むのでしょう。

・EOS 5D Mark III
・EF24-105mm F4L USM

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