【視点を変える】 ファインアートに風景写真を持ち込む

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写真の役割の変化

2000年頃、携帯電話にカメラ(写メール)が付いて以来、世界中の一人ひとりがカメラマンになりました。またデジタルカメラの普及で撮影の敷居を下げました。そして今となっては日々インターネット上にアップロード及び共有されている写真の枚数は、5億枚以上と言われ、ここ10~15年の間に写真の価値や意味合いが大きく変わってきました。

 

素材をどのように活かすか

かつては撮影出来ること(見た通り写すこと)が技術のひとつとして評価されていたことですが、デジタルカメラを使えば今や誰でもできる事です。こののような状況の中、撮った素材をどのように扱うかに評価がにあるように感じていて、それは料理に例えられます。

撮ったそのままの写真を収穫したばかりの野菜だとします。そのままでも食べられるものもあれば、調理が必要なものもあります。また八百屋さんで100円の野菜を調理して、野菜炒め定食にすれば850円になり、フランス料理にしたら5,000円になるかもしれません。

素材の調理次第で、評価や存在自体を変化させることができると考えています。(単に画像加工するというのではなさそうです。)

 

料理をする

写真の料理方法はいく通りもありますが、簡単なもので以下のようなものがあります。作例は達沢不動滝です。(福島県耶麻郡猪苗代町)

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達沢不動滝の一部を切り取って、画像を90度回転させます。

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↓↓↓

 

自然界に存在する模様として捉えます。

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コンセプトは自由に

切り取った一部を90度回転させることで滝でなく、模様のひとつとして扱いました。自然風景には幹や枝で構成される直線や茂みのような複雑に入り組んだものなどさまざまな模様があります。それらを作品のコンセプトとしても面白いかもしれません。

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例えば、上に挙げた達沢不動滝そのものの写真を展示会に出品したとします。達沢不動滝は有名なので「あ、中ノ沢温泉の先にある滝を撮ったんですね」「私もよくここに行きます」と見た瞬間に消化されてしまいます。

でもコンセプトを自然界にある模様として捉え、素材を少し料理をするだけで見る側は「これはなんだろう?」と滝という存在以上の興味と価値を持ってくれるかも知れません。タイトルの「ファインアートに風景写真を持ち込む」はちょっと大げさかもしれませんが、どの分野においても、新しいことは疑うことからはじまります。

 

自分の目を疑う

フォトニコ 佐藤 雅美さんの作品に太陽が2つ並んだ風景写真がありました。素材を使ってイメージを自在に実現することが出来る訳です。佐藤 雅美さんの作品は絵柄に特別性がありながら、それでも見た時に違和感を感じなかったギャップに面白いと思いました。

 
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最後に一言

写真は事実を伝達するという役割に徹することなく、もっと多くの可能性に曝されることを望んでいる。(と勝手に思っています。)

 
常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションである。(アルベルト・アインシュタイン)

 

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